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SwissDrugDesignプロジェクト:オンライン創薬の最前線

Chemaxon

Chemaxon

Vincent Zoete

Marta A. S. Perez

Antoine Daina

SwissDrugDesign – 目的、歴史、概要

SwissDrugDesignプロジェクトは、2011年にスイスバイオインフォマティクス研究所(Swiss Institute of Bioinformatics)の分子モデリンググループによって開始されました。本プロジェクトは、オリヴィエ・ミシェリン教授(Prof. Olivier Michielin)とヴァンサン・ゾエット教授(Prof. Vincent Zoete)の指導のもと、研究者、学生、教育者を支援するために、最先端のコンピューター支援創薬(CADD:Computer-Aided Drug Design)ツールを無料でオンライン提供しています。

 

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図1. 創薬のワークフロー SwissDrugDesignの環境は、創薬プロセスにおける複数のステップ、特にヒット探索、ヒットからリード化、リード最適化といった段階に対応する有用なツールを提供しています。

作成者:Alessandro Cuozzo

SwissDrugDesignプロジェクトは2011年に、薬物様分子がタンパク質と結合するモードを予測するためのウェブプラットフォーム「SwissDock」から始まりました。当初は、独自開発のドッキングエンジン「EADock Dihedral Space Sampling(DSS)」を搭載していましたが、2024年に大幅な改良が行われました。現在は、同じく独自開発の「Attracting Cavities」エンジンと、広く知られるドッキングプログラム「AutoDock Vina」が統合されています。ユーザーは、自身の分子構造やタンパク質構造をアップロードするか、ChEBIやPDBといった公共データベースから対話的に選択することができます。選択された構造は自動的にドッキングに適した状態に準備されます。ウェブサイトには、タンパク質の特定領域を選んでドッキングに使用できる動的な3Dインターフェースも備わっています。結果には、予測されたリガンドとタンパク質の相互作用や、溶媒に曝された表面情報などが含まれており、サイト上で対話的に可視化したり、より詳細な解析のためにダウンロードしたりできます。

SwissParamツールは2011年に公開され、小分子薬物様化合物のトポロジーおよびパラメータファイルを自動生成することで、CHARMMやGROMACSといった分子力学パッケージとの円滑な統合を可能にしました。もともとはEADock DSSの特定ニーズに対応するために開発されましたが、分子力学的手法を用いた構造ベース創薬を行う研究者にとって、すぐに有用なツールとして定着しました。2023年には大幅なアップデートが行われ、機能が拡張されました。主な改良点としては、分子構造をウェブ上で直接描画できる機能の追加や、pHに依存する分子の挙動を考慮し、複数のミクロ種(ミクロスペシーズ)を自動的に評価する機能が導入されたことが挙げられます。また、複数のパラメータ化手法に対応することで、分子シミュレーションにおける柔軟性も大きく向上しています。

これら2つの構造ベースCADDツールに加え、2013年にはSwissDrugDesignスイート初のリガンドベース手法としてSwissBioisostereが登場しました。SwissBioisostereは、文献やChEMBLデータベースなどから収集・整理された化学的・生物学的コンテキストをもとに、詳細な生物活性・物理化学的性質と共に提供される、ユニークな分子置換の包括的データベースです。このツールは主にヒット探索やリード最適化を支援しますが、その他のメディシナルケミストリー業務にも応用可能です。SwissBioisostereは、ユーザーのクエリに応じて可能な分子フラグメント置換を直感的に表示し、それぞれの物理化学的性質や出現頻度、関連文献へのリンクも提供するウェブベースのインターフェースを備えています。2021年には大規模なアップデートが実施され、置換データの収録数が2,500万件に拡大。化学的多様性の探究や分子設計における有用性がさらに高まりました。

リガンドベースのCADD(コンピューター支援創薬)は、「類似性原理」に強く依存しています。この原理は、「構造が類似している2つの化合物は、類似した生物活性を示す傾向がある」とするものです。この考えに基づき、2016年にSwissSimilarityが公開されました。SwissSimilarityは、リガンドベースの仮想スクリーニングを直感的に行えるウェブプラットフォームです。このツールでは、クエリ分子に類似した化合物を特定することで、同じタンパク質ターゲットに対する活性を持つ可能性のある分子を探索できます。このツールは、構造ベースおよび形状ベースのフィンガープリント、スキャフォールド(基本骨格)に基づく比較、ファーマコフォア(薬理活性に関与する構造要素)マッチングなど、多様な分子類似性の定義を採用しています。この柔軟性により、化学ライブラリの中からのヒット化合物の同定やリード化合物の最適化を強力に支援します。2022年にはインターフェースの操作性が向上し、新しい分子フィンガープリントが追加され、さらにスクリーニング可能な化学ライブラリが拡充されました。これには医薬品、生理活性分子、市販化合物、合成可能な化合物など、数千万規模の分子が含まれ、創薬や医薬化学の幅広い応用に対応できるようになっています。

類似性の原理は「逆スクリーニング」にも応用できます。これは、既知の生物活性を持つ小分子から、それが結合する可能性のあるタンパク質標的を予測する手法です。このアプローチは、薬物様化合物の主要な標的だけでなく、副次的な標的を明らかにするのにも有効で、潜在的な毒性や望ましくない作用の理解、さらにはドラッグ・リポジショニング(既存薬の新たな適応探索)の可能性を広げます。SwissTargetPredictionは、この目的のために2014年に開発され、2019年にアップデートされました。これは機械学習を活用した逆スクリーニングツールで、ユーザーが入力した任意の化合物を、ChEMBLデータベースから厳選された約50万件の既知活性化合物と比較することで(2Dおよび3Dの類似性を基に)タンパク質標的を予測します。

ここまで紹介したツールはすべて、小分子とタンパク質標的との相互作用に注目していますが、創薬においてはそれに加えて、薬物が体内でどのように振る舞うか、すなわち吸収、分布、代謝、排泄(ADME)の評価も極めて重要です。このニーズに応えるべく、2017年にSwissADMEが登場しました。SwissADMEは、物理化学的性質、薬物動態(ADME)挙動、薬物らしさ、メディシナルケミストリーへの適合性などを予測する、迅速かつ信頼性の高い独自モデルを無料で提供しています。主な機能には、受動的吸収や脳内移行性を予測するBOILED-Eggモデル、分配係数を計算するiLOGP、薬物らしさを視覚的に評価するBioavailability Radarなどがあり、創薬初期段階の分子選定における意思決定を支援します。

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図2. CADDのためのSwissDrugDesign環境
各ツールの目的を示しています。矢印はツール間の相互運用性を表しており、あるツールの出力を、対応するアイコンをワンクリックするだけで別のツールの入力として使用できます。

出典:International Journal of Molecular Sciencesより改変

 

ChemaxonとSwissDrugDesign

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図3. SwissSimilarityサイトの構成例
リガンドベース仮想スクリーニングのためのSwissSimilarityウェブサイトの例です。フロントエンドとバックエンド間の通信にはWebPyのウェブサービスが使用され、必要な計算を行います。一部処理には、JChemエンジンの機能を呼び出す「JChemマイクロサービス」が必要です。さらに、ウェブサイトに埋め込まれたMarvinJSインスタンスを使って、ユーザーは任意の分子構造をスケッチすることができ、その構造はウェブサービスを通じてSMILES形式へと変換され、仮想スクリーニングプロセスの実際の入力となります。

科学コミュニティに向けて膨大なタスクを安定的に処理するには、いくつかの重要な要件を満たす必要があります。まず、膨大な数の分子データ――大規模なデータベースから個別のユーザー提出分まで――を処理するには、高度かつ効率的なケモインフォマティクスパイプラインが不可欠です。これらのパイプラインは、入力データを系統的かつ迅速にキュレーションし、計算解析に適した形式へと変換する役割を担っています。さらに、プロセスの再現性や結果の一貫性を確保し、大規模な処理においても信頼性が高く再現可能な成果を提供する必要があります。SwissDrugDesignは、この目的のために、RDKit、CDK、Open Babelなどの標準的かつ実績あるケモインフォマティクススイートを活用し、加えてChemaxon製のツールを要所で使用しています。

特にChemaxonツールの重要な用途の一つが、標準化された、すなわち再現可能で比較可能なカノニカルSMILESを生成するための分子データのキュレーションです。これには、不要なイオンや付随分子の除去、主要分子の中性・特定pH状態での優勢ミクロ種の生成、Kekulé形式でのSMILES生成などが含まれます。特に、SwissBioisostereのように分子の一部を他の構造で置き換える提案を行うツールでは、断片と分子本体との接続情報(結合の情報)を正確に扱う必要があります。これには、ChemaxonのCXSMILES(拡張SMILES)形式と、Marvinに備わるスマートなRグループ処理機能が活用されており、複雑な接続情報も柔軟に管理可能です。さらに必要に応じて、分子の3Dコンフォメーションを複数生成し、それらをMOL2形式で保存する処理も行われています。これらすべてのステップは、モデル構築やスクリーニングに使われる分子はもちろん、ユーザーが独自に提出した分子に対しても一貫して適用されます。これにより、すべてのデータにおいて処理の均一性と信頼性が担保され、解析結果の品質が高く維持されるのです。このようなワークフローを支える中核ツールとして、ChemaxonのJChemおよびMarvinが不可欠な存在となっており、各処理ステップを包括的にカバーしながら、一貫したコーディングとスムーズな実行を可能にしています。これにより、創薬研究における高品質で再現可能な成果の提供が支えられています。

また、計算処理だけでなく、ウェブサイトのユーザー体験(UX)も非常に重要です。ユーザーフレンドリーなグラフィカルインターフェース、明確かつ簡潔な入出力画面、分子描画機能、高品質な分子画像の生成、迅速なレスポンスなどがUX向上に寄与します。CADD(コンピューター支援創薬)の文脈における「ユーザーフレンドリー」とは、分子構造のスケッチ入力が可能であり、それをシームレスに計算エンジンが必要とする形式に変換できることを意味します。また、入力・出力の分子構造を高品質な画像で可視化し、スムーズかつ素早いレスポンスを提供することも重要です。この高速な応答性は、ストレスのない効率的なUXを実現するための鍵となります。こうした目標を支える技術基盤も、頑健であると同時に開発者にとって扱いやすいものでなければなりません。Webサイトの稼働率を高く保ちながら、運用・保守にかかる時間と労力を最小限に抑えることが求められます。SwissDrugDesignでは、こうした要求を満たすためにChemaxonのMarvinJSスケッチャーと、分子描画と形式変換を担う専用のMJS Webサービスを導入しています。ChemaxonのJChemマイクロサービスは、カノニカルSMILES生成、pH効果の管理、信頼性の高い3D構造の生成、入出力画像の作成なども担っています。

MarvinJSスケッチャーはJavaScriptベースで設計されているため、Webページにスムーズに統合でき、コーディングやメンテナンスの効率性にも優れています。さらに、モデル実行に必要なケモインフォマティクス処理をWebマイクロサービスで一括管理するアプローチにより、処理速度と全体効率が大幅に向上しています。各分子ごとにローカルプログラムを個別に立ち上げる必要がなくなり、実行時間の短縮に貢献しています。加えて、Webサービスは異なるクライアントツール間で簡単に共有できるため、各サイトごとに異なるバージョンのローカルプログラムをインストール・維持する手間も不要です。結果として、アクセシビリティ、パフォーマンス、保守コストの最適化が実現され、SwissDrugDesignツール群のユーザー体験は、科学的な専門性と操作のしやすさを高い次元で両立しています。

 

SwissDrugDesignの各ウェブツールは以下のURLからアクセスできます:

すべてのツールは完全に無料でログイン不要、CC BY 4.0ライセンスのもとで利用可能です。年間約500万件のジョブが実行され、50万人以上のユーザーに利用されています。

Chemaxon
執筆者:Chemaxon

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