【2025年注目の化学トピック】DMTAプロセスにおける新たな方向性
2025.05.21
Design Hub
ChemAxon
AI

私たちは、化学研究開発業界の現状をスナップショット的に捉え、化学者たちの集合的意識における最新トレンドを探ろうと考えました。
化学業界の動向を把握するには、アメリカ化学会(American Chemical Society)を詳しく見るのが最も効果的です。
ChemaxonチームとともにACS Spring 2025に参加していたJeremy Malerichは、繰り返し登場するテーマを見つけ出し、今もっとも注目されている化学のトピックを特定しようと試みました。
彼の観察結果について、以下で詳しくご紹介します。
ACS Spring 2025の概要
ACS Spring 2025におけるChemaxonの展示
私は、数人の同僚とともにACS Spring 2025 ミーティング&エキスポに参加するため、サンディエゴを訪れました。Chemaxonはエキスポ会場にブースを設け、化学者たちと交流し、彼らの研究内容やケモインフォマティクスのワークフローについて意見を交わしました。
来場者は、当社の最新製品であるMarvin化学構造描画ツールを試すことができました。うれしいことに、来場者はすぐにMarvinでの描画操作に慣れ、用意されたMarvinチャレンジを次々とクリアしていきました。
ACSの会議には、経験年数も描画ニーズも多様な参加者が集まります。特に印象的だったのは、有機化学を初めて履修する学部生たちが、複雑な構造をきれいに描くことに夢中になり、分子量をすばやく計算したり、pKaなどの物性予測を楽しんでいた姿です。
MarvinのプロダクトマネージャーであるLuca SzaboもChemaxonチームの一員として参加し、多くの来場者から今後のアップデートに向けたフィードバックを受け取ると同時に、直感的でプロフェッショナルなツールであることへの称賛の声も数多くいただきました。
ACS Spring 2025で見られた主要テーマ
会期中、私はできる限り多くのプレゼンテーションやポスターセッションに足を運ぶようにしました。ACSの会議は、新たな進展を学び、課題への対応策を考えるための素晴らしい機会です。
創薬における根本的な問いのひとつは、「このプロセスをどうすれば改善できるのか」ということです。2012年には「Eroomの法則」という言葉が生まれました。これは、創薬のスピードと生産性が低下しているという観察であり、ムーアの法則によって示されるマイクロプロセッサ技術の加速的進歩とは対照的な現象を指しています。
科学者たちは、化学の発見プロセスをDesign-Make-Test-Analyze(設計―合成―試験―解析)という反復的なサイクルに体系化してきました。従来のツールやアプローチでは、このサイクルを通じて新薬候補を見つけ出すまでに、通常何年もかかっていました。
私は、このタイムラインを短縮するための化学的発見プロセスにおける革新について学ぶことに大きな関心を抱いていました。
この課題に対しては、2つのアプローチが考えられ、それぞれがACSでも注目を集めていました。以下に、会議を通じて特に印象に残った観察結果や重要なテーマをまとめます。
DMTAサイクルをより高速に回す
DMTAサイクルにおけるボトルネックは、通常「化合物の合成」工程であり、多くの研究グループがこの課題を解決するために自動化を導入しています。
ツールの統合
これまでの経験から、必要な各単位操作を自動化する優れたツールはすでに存在していますが、それらを統合することが課題だと感じています。反応のセットアップ、実行、分離、精製までを一貫してつなぐ仕組みには目を見張るものがあります。
この効率的な運用を実現するには適切なスケールで作業を行うことが重要であり、これはNovartisやJNJ/Janssenのセッションでも一貫して取り上げられていたテーマです。彼らは並列自動合成システムや、そのプラットフォームを用いた成功事例を紹介していました。ターゲットとする最終化合物のスケールは1〜10mgであり、これはヒット化合物からリード化合物への段階で、十分な情報を得てプロジェクトを推進するのに適切な量です。
反応条件の最適化
合成を効率化する上での課題のひとつが、適切な反応条件の探索です。液体ハンドラーを使えば、並列的な反応セットアップの自動化は容易ですが、LCMSによる分析はランタイムに制約される逐次処理であるため、ボトルネックになります。
St. JudeのBlairグループは、クロマトグラフィーを介さずに診断的なフラグメンテーションパターンを観察することで、反応の成功/失敗を判定する質量分析法を開発しました。この手法では、1サンプルあたり約1.2秒のスループットが可能で、LCMSでの1分以上/サンプルに比べて大幅に高速です。この方法により、384ウェルプレートの反応混合物を約8分で分析できるようになりました。
データに基づく予測の改善
もう一つのアプローチは、既存のデータを活用して新たな反応の成功可否を予測するというものです。
MITのConnor Coley氏の研究グループでは、反応の成功を予測するモデルを構築しており、専門の化学者と比較しても、同程度の精度で予測できることが示されています。このモデルは、化合物設計のワークフローの一部として活用され、問題のあるターゲット化合物を迅速に排除し、より成功確率の高い類似構造に置き換えることが可能になります。
私は時間の都合でDirect-to-Biologyに関するセッションには参加できませんでしたが、化合物の単離と精製は、通常「合成(Make)」から「試験(Test)」への移行段階におけるボトルネックとなります。並列合成から生物学的アッセイへの強固な接続が実現すれば、まさにゲームチェンジャーとなる可能性があります。
DMTAサイクルの回数を減らす
繰り返し回数を減らす最も効果的な方法は、より優れた化合物を設計することです。そして、この分野での大きな期待はAIの活用に寄せられています。
2025年における創薬分野のAI活用の現状
学術界では、AIに関する基礎研究が引き続き進められている一方で、生成AIはすでに産業界で実用化が進んでいます。Shanthi Nagarajan氏は、Eli Lillyによるシステムを紹介しました。このシステムは、標的に対して良好な活性を持ち、医薬品らしさ、構造の新規性、そして合成可能性を備えた化合物を生成するように設計されています。
Lillyでは、従来の列挙法と機械学習スコアリングを組み合わせたアプローチと比較したところ、生成モデルによって得られた候補化合物の集合は、すべて「医薬品らしい」と定義された性質を満たしていたとのことです。従来のワークフローでは、望ましい性質を持つ化合物は全体の約1%しか得られず、残りの99%は除外されていました。
合成化学を専門とする者にとって、「合成可能性」に関する言及は非常に歓迎すべき進展です。
以前、創薬におけるAI活用について議論された学会に参加した際には、生成AIによって提案された化合物が、既存薬に近い類似体から、構造的に疑わしい、あるいは合成が不可能と思われるものまで幅広く含まれていました。しかし今回のACSでの発表では、合成可能性について明確に言及したり、現実的な構造を提示したりする例が多く見られました。理論から実践へと焦点が移りつつあることは、AIが創薬における可能性を実現する上で非常に良い兆しです。
創薬におけるAIの未来
AIが創薬にもたらす影響として「臨床候補化合物の特定にかかる時間を6年から1年に短縮する」という予測があります。このような大きな可能性を背景に、今年のACS(American Chemical Society)では、化学分野における生成AIの進展(医薬品以外の領域も含む)に1.5日を割いて特集が組まれました。
現在、どのような状況下で、どのタイプのモデルが最適なのか、また生成AIにおいて化合物をどのように表現すべきかといった課題について、分野全体で模索が続けられています。
まとめ
アメリカ化学会(American Chemical Society)の年次大会は、毎回興奮と圧倒の両方を感じさせる場ですが、2025年春にサンディエゴで開催された大会も例外ではありませんでした。私は読み切れないほどの資料の束を抱え、業界で注目すべき新たな顔ぶれに出会い、次回のイベントに向けた期待とともに会場を後にしました。
参考文献
- Novartis による自動合成システムの事例
Cara E. Brocklehurst, C. E., et al. J. Med. Chem. 2024, 67(3), 2118–2128.
https://doi.org/10.1021/acs.jmedchem.3c02029 - JNJ / Janssen による自動合成システムの事例
https://doi.org/10.1021/acs.jmedchem.2c01646 - Blair グループによる反応解析に関する報告
Hu, M., Yang, L., Twarog, N., et al. Continuous collective analysis of chemical reactions. Nature 2024, 636, 374–379.
https://doi.org/10.1038/s41586-024-08211-4 - Coley グループによる AI の論評
David, N., Sun, W., Coley, C.W. The promise and pitfalls of AI for molecular and materials synthesis. Nat Comput Sci 2023, 3, 362–364.
https://doi.org/10.1038/s43588-023-00446-x